ニンゲンメモ

タメになりそうでタメにならない日記

「ただの言葉がなぜ傷つけるのか ― ハラスメント発言の言語行為論的探究」(池田喬)を読んだ

哲学 第69号」 (2018/04) 中の 特別企画:ハラスメントとは何か?

のうち、

ただの言葉がなぜ傷つけるのか ― ハラスメント発言の言語行為論的探究(池田喬)

を読んでおもしろかったので

その内容を(勝手に噛み砕いて)紹介してみます

 

哲学 第69号

哲学 第69号

 

 

本文は電子ジャーナルサイト J-STAGE にて読むことができます

www.jstage.jst.go.jp

 

 

0. 背景

昨今のメディアでは連日何らかの"ハラスメント"に関する話題が繰り返されています

それは企業に限らず,体育会系部活動だったり大学であったり

きっと人と人が関わる任意のコミュニティで生じる可能性があるのでしょう

ぼくの知り合いのなかにも

社内の人間からのハラスメントを理由に退職してしまった人も少なくありません

 

これだけ連日報道で騒がれ,企業で対策を練られようと

世界からハラスメントなるものが根絶されることが無いのは

その問題自身が内包する"複雑さ"に在るように思います

 

そんななか、その複雑さに対するしっくりくる説明だったり

何がハラスメントをハラスメントたらしめているのか

に関する記述が的確だと感じた原稿を発見したので紹介してみる次第です

 

1. 倫理・哲学では「悪意はない」に対する反駁が難しい

 

メディアを見ているとハラスメントの加害者とされる人物が

「悪意はなかった」

という,例の自己正当化のための主張をして

それによって批判・非難が殺到(炎上)するさまを観測することもあります

 

そもそもharassという英単語は

intentionallyであれunintentionallyであれ人にとって不快な行為を行う

という意味の他動詞で,それを名詞化したものがharassmentなわけなので

語義に忠実に考えれば

「悪意はない」

が何の自己正当化にもならないことは明らかだと個人的には思うのですが

単語の意味などというものは時代とともに変容するものなので

英英辞典を見せつけて,掲載されている単語の原義を読ませたところで

加害者に事の重大性を示すエビデンスにはなりえないわけです

 

では何をもって行為の不当性を訴えることができるのか?

 

まず思いつくのが道徳あるいは倫理だとおもうのです

古来,哲学・倫理学の分野では

・道徳的に「」なる行為とは何か,「」なる行為とは何か

が盛んに研究されてきました

 

 

しかし表記の原稿を見ると

悪しき意図・動機に訴える道徳哲学の代表的アプローチではうまくいかない

とあります

 

わかりやすいのがカントの動機説かと思っていて,すなわち

「行為の道徳的善悪をどう判断すべきかは

その結果ではなく,内面的な動機によって判断するべき」

という主張*1で,したがって例えば

・就職活動で評価されたいからボランティアをした

などというのはカント主義に則って言えば偽善だということになります

 

しかるに「悪意はない」という主張,あるいは問題設定は

道徳哲学の代表的アプローチではうまくいかない

ような非常に複雑な問題というわけです

 

またそのように不当性の主張が難しい問題であるがゆえに

他者に相談したところで

・そこまで悪い意味では言っていないと思う

・そこまで気にすることじゃない

などの反応が返ってきて

・疑い深い・神経質だ

などと被害者の人格否定につながる危険(二次被害)があるという側面があります

 

加害者側が「悪意はない」と主張したがるのも

善悪の価値判断の基盤を与える道徳・倫理において意図・動機が重視されるのを

うまく活用したいから,なのかもしれません

 

2. 言語行為論的アプローチ

 

ハラスメントの不当性を述べる問題に対し,著者は

「言語行為論的」に分析するアプローチが有効であると主張しています

 

言語行為論とは

・発言によってなされる行為の(客観的な)意味・効果

をもとに論じる手法を指すようで,例えば

ヘイトスピーチとそれによって生じる行動の関係

を分析する論者たちがよくやるアプローチだそうです

 

本文では,「言語行為論的」に,ハラスメントの不当性を述べる方法を紹介するのに

 

哲学ゼミへの女性学生の参加が例年より多いのを見て、男性教員が

「私の教員経験から言うと、女性は哲学研究に向いていない」

と発言した

 

なるハラスメント事例を考えています

 

さてこの発言はどういう効果を期待するものでしょうか?

この発言は

命令:「女性は今すぐ哲学研究をやめろ」

助言:「女性の場合教室から出て行って何か他の有益な行動をしたほうがよい」

のいずれを意図したものではないとしたあとに

前提信念の共有:「哲学研究の能力には男女差がある」,「女性は男性よりも哲学研究の能力の面において劣る」

をもたらす効果があるとしています

 

この差別的な前提信念の共有は会話の進行・話者の権威のために規範的効力を持つため

言うなれば差別的な価値観の強要に相当し

標的とされた女子学生はもはや違和感を問えない

また,問うたところで(発言の不当性を主張する難しさから)二次被害につながる危険がある

という理由で不当だという論調です

 

 

3. 感想

いかがだったでしょうか?

 

全てのハラスメント発言が「差別的な価値観の強要」に相当するわけではないとおもうので

提案アプローチの汎用性はいまいちよく理解できていないのですが

普段あんまこういうの読まないので,読んでいておもしろかったです

 

シャカイはときにしんどいけどみなさんハッピーになりましょうね

 

おわり

 

 

*1:こう書くと語弊があるような気もしますが,高校倫理にもあるように,カントの場合は「無条件で(定言命法),行動をなすこと」が善行には不可欠であるとしました